徽章について

「徽」は「しるし」と読み、旗じるしを意味します。もとは騎馬武者が背中に着ける徽幟(旗幟)のことを指しました。
「章」はこの場合、模様、しるしを意味します。

徽章とは、しるし=象徴を表す模様であり、身分・資格・所属を表すため、衣服や帽子につけるしるしのことをいいます。
現在では、その模様・図柄を形どった身辺用細貨類及び細工品を指し、バッジ・メダル・ボタン・ペンダント・旗・ワッペン・トロフィーなどの総称になっています。

カップの由来

古代ギリシャの哲学者・科学者のアリストテレスの記載にある通り、古くは、敵の頭蓋骨でカップを作り、戦勝を祝う風習から端を発し、後に、これを金銀で飾り、宝石をちりばめるなどして、部族中最高の勇者にそのカップで酒を勧めたと言われています。

又、古代ギリシャの詩人、ホメロスの作品の中にも、火と鍛冶の神「ヴァルカン」が神々を和解させる為にカップを贈ったと言う表現もある事から、カップは古くから限られた人に与えられる貴重品であったことが伺えます。

カップの形状や材質には限りがなく様々であったが、クリスタルは珍重されていた様であり、イスラム教君主カリフ、ハルン=アル=ラシッドが神聖ローマ皇帝シャルルマーニュに贈ったと言われる巨大なカップは、その銀の足に金と七宝の網目模様が施されていました。

ルネッサンス時代には、カップにカットを入れる技術が発達、カップは銀食器同様次第に実用性を失い、奢侈(しゃし)品化していきました。

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トロフィーの由来

トロフィー(Trophy)の語源はギリシャ語で戦勝記念品(戦利品)などを意味するTropaionにあります。
トロフィーは英雄時代(紀元前16世紀~13世紀頃のミケーネの頃)、及び古代ギリシャ人(紀元前7世紀~3世紀)の間では、樫の幹を戦場に立て、それに戦利品、もしくは敵の武器(兜、楯等)を掛けた物を言いました。

トロフィーは、戦勝後直ぐに戦場に立てられ、この習慣はギリシャ人からローマ人へと伝わり、その後、トロフィーを勝者の戦車の前に運ばせ、勝者の栄誉を末永く讃える為、大理石や金属などで作られる様になりました。

ローマ史に現れる最初のトロフィーは、ローマ建国530年にカピトールの丘に立てられた黄金製の物です。トロフィーは建てられては壊されたりを繰り返しますが、帝政ローマ時代は多数建造され、トラヤヌスや七賢帝(ネルヴァ・トラヤヌス他)の柱を真のトロフィーと捉える事が出来ます。

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楯の由来

元々、剣や槍などの攻撃から守る防御具であった楯は、古来「勇気」や「勝利」の象徴と考えられていました。その為、兵士が戦場で楯を奪われる事は最大の恥とされ、古代ローマではその様な兵士を死刑に処したり、ノルマン人は、自分の楯を棺にした事が知られています。

時代が下り、その戦い方により楯の形や用途も多様になり、戦闘の武器から装飾品へと推移して行きます。

ヨーロッパの家紋が出現するのも、12世紀の中頃とされており、イギリスを中心とする家紋の輪郭は楯を模った物であり、現在、イギリスでは楯の表彰製品をplaque(プラーク)、shield(シールド)と呼び、前者は平たい四角い形をした物を呼び、後者は戦いで使用されていた楯を縮小した形状の表彰品を指す場合が多い様です。アメリカでは、一般的にplaqueを使用しています。

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